2012年11月

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いよいよ始まりました!!トップ音月桂さん退団公演です 勝海舟役の北翔海莉さんは専科からの出演 いつも、時代劇では、役のお墓参りするって仰ってた彼女。 もしかして我が散歩コースにある、勝海舟と妻のお墓にお参りしたのかなー なんて思いながら、観劇日が待ち遠しい私です みんな、みに行こーね! Akiko Mikajiri

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何処へ行っても混み混みの3連休は ブローチを作ったり、昨年から浸けておいた フルーツ浸けを開けて、フルーツケーキを作ったり おうちでごちゃゴチャやっていました。 連休最終日に御殿場アウトレットに行った長女のチャッピーは、往きは1時間半、帰りは6時間もかかって、 疲れはてて帰宅しました! 折角の連休、何処か行きたかったけどなぁ Akiko Mikajiri

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長女のチャッピーは、2歳から、近所のモンテッソーリ教育の子供の家に通ってたんですけど 年中さんになる前の年、M学園の幼稚園に通うことになったんです。 モンテッソーリの楽しかった生活から、規律の溢れた幼稚園生活に馴染めず、やだなぁーといいながら、幼稚園に通っていたんですけど やはり素晴らしいお友だちに恵まれ、楽しく過ごすようになりました 小さな子供の教育って、いろいろ心配ごとが多くて でも、素晴らしいお友だちを自分の力で作っていく姿は頼もしく見えました そんなお友だちのママ達とも、四半世紀のお付きあい 毎年、それぞれの誕生会か出来るのはほんとに幸せなこと 東京駅の新しいステーションホテルのイタリアンで、優雅なランチを致しました 美しい彼女たちと、エレガントに歳を重ねていけたらなって、思いました Akiko Mikajiri

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もうそろそろfacebookをスマホで始めてから2年色々な出逢いがありました。 海外赴任の頃のお友達が私を探してくれたりして、久しぶりに近況を伝えあったり、 フィリピン時代の、二女の子守さんがローマで新生活してることが解って、懐かしいやり取りが出来たり 今年は、今年の新ゆうゆうモデルの鶴田さんから連絡頂いて、真っ先に新ゆうゆうモデルを知ることがてきたり お付き合いのなかった同級生のかたにお会いしたりも出来ましたっけ さて、このすてきなお扇子! ゆうゆうモデルの鶴田さん直筆のものです。 私がfacebookで、いいねで、欲しい!と書いたら、早速送って下さいました。 私のリクエストの、ワンちゃんと遊ぶ女の子 しかも私のアルちゃんはほくろの位置までそっくりで 私のオスカルや、私のタルト、マカロンまであるのです もう嬉しくてニンマリ てなわけで、私からはいつものフルーツケーキと、おまけの手作りブローチをお送りしたのでした! facebookって、これだから楽しい!! Akiko Mikajiri

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父が亡くなって5年。 生きていたら91歳になるはずだったのね 酉年の父は。 というわけで、父の大好きだったカスタードのフルーツパイが作りたくなってしまうのです お誕生日に、毎年これを作れば、嬉しいだろうに、でも絶対に美味しいなんて言わないで でも、もうひときれ貰おうか といって、結局は一度に半分位一人で食べてしまった父でした 翡翠の指環 これは、父の形見で、父は、いつもいつも右手の小指にはめていた 20年ほどまえに、私達家族が、夫のヒロピの仕事でマニラに住んでいた頃 フィリピンて、スペイン統治時代のなごりで、金属の細工が得意なんですね。 で、よくジュエリーのリフォームなんかしてもらっていたのです。 わたしが一時帰国の時に、父が片方無くしてしまったカフスの翡翠を出してきて、これでピンキーリングをつくってもらってね、デザインは任せるよ。って言ったのです。 私は、悩んだ末に、スペインのカッツァニーガのデザインぽく、凝った彫刻をしてねといって、マニラの仲良しのジュエリーデザイナーに頼んで作ってもらったのがこれなんです。 なかなか上手な細工でしょ? フィリピンって、だから大好きなんです! これも、父は有り難うとも言わなかったけど、いつもいつも右手の小指にはめていた。 若い頃子供の頃も、そんな父が大嫌いで大嫌いで反抗したり、父が嫌がること、怒ることばかり探しだしていた私ですけど、 自分も歳をとってみれば、子供を思う気持ちって解るし、それを効果的に表現しない父だったのだなと思うんですけどね 何しろ、身に付けるものから、歌う鼻歌まで全て父の言う通りにしないと、癇癪を起こして手がつけられなかった父、 出掛ければ後をつけられたり、デパートで館内放送かけられたり、外出先で 突然行く手に現れたりと ひどい目にばかりあって、これでもかと言うような仕返しもしてやったけど、 今になれば、どれもこれもバカらしくも懐かしい思い出で 夫のヒロピには、嫌い嫌いって、実はファザコンなんじゃね? って言われてる私です 幼稚園の頃、TV に出てくる宝田明さんを見ては、こんな優しい人がパパだったらなと、ため息をついていたらしい私。 宝田さんのお元気な姿を拝見して、やはり幼児の頃の私の目には狂いはなかったのだと確信致しました! Akiko Mikajiri

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